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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)8048号 判決 1988年3月28日

原告

永島庸

右訴訟代理人弁護士

平尾孔孝

甲田通昭

中川和男

中村真喜子

藤田正隆

大川一夫

被告

千代田工業株式会社

右代表者代表取締役

遠越英行

右訴訟代理人弁護士

中安正

延澤信博

前原仁幸

主文

一  原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、金七四万五二〇〇円及びこれに対する昭和五八年一一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告に対し、昭和五八年一一月以降毎月二五日限り、各金一二万円(ただし、毎年七月、一二月については各金一五万円)を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

六  この判決は、第二、三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、金八八万九六三三円及びこれに対する昭和五八年一一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告に対し、昭和五八年一一月以降毎月二五日限り、各金一二万二〇〇〇円(ただし、毎年七月、一二月については各金二八万三七〇〇円)を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  第2、3項について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、機械器具、工具の製造等を業とする会社である。

2  原告は、昭和五七年四月二一日、左記労働条件にて被告に雇用され(以下「本件雇用契約」という。)、翌日から設計課岩本伸一の指導の下でトレース業務に従事し、その後試用期間も無事経過し、入社以来設計室にてトレース業務を担当している。

職種 トレーサー

雇用期間 常用にて期間の定めなし

就業場所 淀川区本社

作業内容 設計室におけるトレース作業、その他

賃金 毎月二〇日締め二五日払い月額一二万二〇〇〇円 ただし、七月、一二月に夏季及び冬季一時金を付加する。

3  被告は、原告に対し、昭和五八年四月六日付け内容証明郵便にて、雇用期間の満了を理由として、同月二一日の経過により本件雇用契約が終了する旨通告し、同月二二日以降、原告の就労を拒否し、左記のとおり合計金八八万九六三三円の賃金を支払わない。

昭和五八年五月二〇日締め、同月二五日支払分  金一一万七九三三円

同年六月二〇日締め、同月二五日支払分金一二万二〇〇〇円

同年七月二〇日締め、同月二五日支払分金二八万三七〇〇円 (夏季一時金一六万一七〇〇円を含む)

同年八月二〇日締め、同月二五日支払分金一二万二〇〇〇円

同年九月二〇日締め、同月二五日支払分金一二万二〇〇〇円

同年一〇月二〇日締め、同月二五日支払分  金一二万二〇〇〇円

4  原告に支払われるべき夏季及び冬季一時金は、合計年間金三二万三四〇〇円が相当である。

5  よって、原告は、被告に対し、被告の従業員たる地位を有することの確認を求めるとともに、本件雇用契約に基づき、昭和五八年四月二二日から同年一〇月二〇日までの未払給料合計金七二万七九三三円と夏季一時金一六万一七〇〇円の合計金八八万九六三三円及びこれに対する弁済期の後である昭和五八年一一月二七日(訴状送達の翌日)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、並びに昭和五八年一〇月二一日以降の毎月の給料として、同年一一月より毎月二五日限り金一二万二〇〇〇円(ただし七月及び一二月には夏季及び冬季一時金として各金一六万一七〇〇円をこれに付加する。)の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告は、昭和五七年四月二一日、被告に雇用されたこと、その労働条件として、就業場所は淀川区本社、賃金は毎月二〇日締め二五日払いで月額基本給一二万円であること、同二二日から設計課岩本伸一の下で勤務していたこと、その後試用期間が経過したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は認める(ただし賃金支払義務及びその金額については争う。)。

4  同4は争う。

三  被告の主張

原告と被告とは、昭和五七年四月二一日、雇用期間を翌二二日から昭和五八年四月二一日までの一年間とする特別職として雇用契約を締結した。すなわち、

1  原告を採用するに至った経緯

(一) 被告は、昭和五七年初めころ、設計部門にコンピューターを導入することを決め、かねてから業務繁忙のため渋滞していた設計書類の複写、整理及び保管その他の雑用を、右導入までの半年ないし一年程度で処理できるとの見通しを立て、右雑務に従事する者の採用が必要と判断し、昭和五七年一月、淀川公共職業安定所(以下「淀川職安」という。)に求人紹介を申し込んだ。

(二) 原告は、昭和五七年四月二一日、同職安の紹介により被告を訪れ、被告の遠越準一相談役及び丹羽敏郎と面接した。遠越準一らは、原告に、雇用期間一年間の特別職としての勤務者である旨明言し、原告もこれを了解した。

(三) 被告の労務人事担当の岡村良一(以下「岡村」という。)は、翌二二日、原告に対し、身分は一年契約の特別職で当初の三か月間は試用期間であると説明し、原告はそれを了解したうえで、試用の契約書に署名押印した。

(四) 原告は、設計事務の補助及び雑用に従事したにとどまるものであり、被告において、将来独立した製図担当者としての基礎的訓練を組織的、系統的に受けてはいない。これは原告の雇用期間がコンピューター導入までの一年間限りと予定されていたからである。

2  原告の採用手続及び労働条件(特別職)

(一) 採用手続について

被告は、就業規則所定の採用手続により採用された者を正社員としているところ、正社員の採用については、新規学卒採用とし、自筆入社志願書、写真、戸籍謄本、契約書などに加えて、学校の卒業見込証明書、同成績証明書、推薦書、健康診断書などの書類を提出させ、筆答式の学力試験などを実施した後、一人一人と面接のうえ、これらを総合評価して採用を決定している。しかるに、原告の場合は、新規学卒者ではなく、入社志願書及び写真の提出を求めたにとどまり、それ以外に、学校の卒業見込証明書、同成績証明書、推薦書、健康診断書などの書類の提出を求めていないうえ、筆答式の学力試験もなく、単に一、二時間程度の面接によって採用した。

(二) 新入社員研修

正社員については、試用期間中に新入社員研修を実施しており、現に昭和五七年四月入社組についても実施しているが、原告には右研修を実施していない。

(三) 辞令

正社員については、一ないし三か月間の試用期間が設けられ、試用期間終了後には本採用辞令を交付しているが、原告の場合は三か月間の試用期間はあったものの、その終了後本採用辞令を交付していない。

(四) 勤務時間等

被告の就業規則では、正社員については、就業規則所定の休日のほかは労働日として、日々始業午前八時、終業午後四時四五分、休憩午後零時ないし零時四五分までの実働七時間三〇分、週四五時間勤務となっており、時間外勤務や休日出勤をすることがあり、日宿直勤務や出張勤務に服する場合もある。しかるに、原告の労働条件は、休日や休憩等は正社員の場合と同じであるが、日々始業午前八時三〇分、終業午後四時四五分の実働七時間、週四二時間勤務と定められ、時間外勤務、休日出勤、日宿直勤務や出張勤務をすることが予定されていなかった。また、原告は遅刻や早退が多かったが、遅刻や早退を理由として正社員であれば受けるはずの懲戒等の取扱を受けなかった。

(五) 手当、賞与及び退職金

(1) 被告の就業規則のうち給与規定は、正社員のみに適用され、正社員でない臨時雇や嘱託については適用がない(給与規定一条)。

(2) 正社員には諸手当が支給されるが(給与規定九、一〇条等)、原告は、通勤手当と給食補助手当の支給を受けたにとどまり、正社員には支給されるべき役職手当、皆勤手当、生産報奨金(特別手当)、住宅手当、家族手当、時間外勤務手当、休日勤務手当、深夜勤務手当などの支給を受けていない。

(3) 正社員には、賞与が支給される。賞与の支給は一応年二回であるが、臨時賞与が年一、二回支給されることもある(就業規則三六条、給与規定一八、一九条)。原告には、賞与の名目で年二回金員が支給されているが、これは被告が支払義務を負う賞与とは異なり、金一封としての寸志にすぎず、実際には昭和五七年度中に賞与は年三回支給されたが、原告は二回受給したにとどまり、原告は受給する権利を有する身分ではなかった。

(4) 正社員には退職金が支払われるが(給与規定二〇条)、原告は退職金支給の対象者とされておらず、正社員であれば、退職金共済事業団に対する掛金を被告が負担し、給与支給明細書の別途支給欄に計上されるが、原告のそれには計上されていない。

(六) 以上のとおり、原告の労働条件は被告の正社員のそれと異なるものであり、このような取扱について、原告は被告に対し、何ら異議を述べていないが、これは原告が雇用期間の定めのない正社員でなく、雇用期間一年の特別職の地位にあることを認識していたからである。

3  その他、雇用期間が一年と定められたことを裏付ける事実

(一) 岡村は、昭和五七年一〇月ころ、原告に対し、身分は特別職で雇用期間は昭和五八年四月二一日までであること、期間の延長はしないことなどを説明し、契約当初の雇用期間を確認したうえで、「今般貴社に於て左の条件に依り特別職(嘱託)として勤務することを契約致します。期間昭和五七年一〇月二二日より昭和五八年四月二一日まで」と記載された契約書に署名押印を求めたところ、原告は、何ら異議なく署名押印した。

(二) 原告は自ら、昭和五八年一月一九日に作成された措置理由証明及び申告書の就労形態記載欄につき「嘱託」に丸印を付した。

(三) 原告が、雇用保険の失業給付請求のため、淀川職安へ提出した雇用保険被保険者離職票―一には、被保険者資格の喪失原因は「2」(契約期間の満了等に該当する。)と記載されており、しかも原告は職安所長に対し右喪失原因の訂正を求めなかった。

(四) 原告の在勤中における怠業率は高く、職場での勤務態度が芳しくなかった。このことは原告が正社員としての自覚を持っていなかったことを物語っている。

四  右主張に対する原告の認否及び反論

1  右主張冒頭の事実のうち、主張の日に雇用契約を締結したことは認めるが、契約内容は否認する。

2(一)  同1(二)の事実のうち、原告が昭和五七年四月二一日淀川職安の紹介により被告を訪れ、遠越準一相談役と面接したことは認めるが、同人らが原告に雇用期間一年間の特別職としての勤務者である旨明言し、原告もこれを了解したことは否認する。

(二)  同1(三)の事実のうち、岡村が原告に身分は一年契約の特別職であると説明し原告もこれを了解したことは否認する。

(三)  同1(四)の事実は否認する。原告の担当業務はトレース業務である。

3(一)  同2(一)の事実が認められるとしても、職安を通して採用された者が期間の定めのない常雇として採用されたこととは矛盾しない。

(二)  同2(三)の事実のうち、原告の場合三か月間の試用期間があったことは認める。

(三)  同2(四)の事実のうち、原告の始業時刻が午前八時三〇分であることは認めるが、就業規則の規定より有利に個々の従業員の労働条件を定めることは可能であり、始業時刻の点は雇用期間の有無とは無関係である。

(四)  同2(五)(3)の事実のうち、原告に賞与が支給されていることは認めるが、被告が賞与につき支払義務を負わないことは争う。同(2)、(4)の諸手当、退職金については、被告は就業規則上、原告に諸手当を支給し原告を退職金の支給対象者とすべきであるのに、就業規則に従った処遇をしなかったものである。

(五)  同2(六)の事実は否認する。なお、本件では雇用期間の定めの有無が争点であるが、原告が正社員であるか特別職であるかは、雇用期間の定めの有無とは必ずしも一致するものではなく、両者は別個の問題である。

4(一)  同3(一)の事実のうち、昭和五七年一一月四日、岡村の求めにより、原告が、被告主張の記載内容(ただし嘱託との記載はなかった。)の契約書に署名押印したことは認めるが、その余の事実は否認する。

なお、岡村は原告に対し、特別職の意味について、「共済会に入るか入らないかぐらいの違いだからたいしたことはない。」「女子とか高齢者とかも皆書いている。」と説明して、右契約書に署名押印を求めたので、原告は期間の定めのない常雇という地位には何ら変更がないと思い署名押印したものである。岡村は普段給料や交通費の受渡し等形式的な事務処理を行っており、原告も岡村の指示されるとおり印鑑を押捺することがあったので右書類についても仕事の途中で、周りの人も忙しく働いていたこともあって、岡村にせかされるままに署名押印したものである。

(二)  同3(二)の事実は否認する。原告は、措置理由証明及び申告書の就労形態欄を空欄にして被告に提出したところ、岡村が就労形態欄の「嘱託」に丸印を付して原告に渡したものである。

(三)  同3(三)の事実のうち、雇用保険被保険者離職票―一には被保険者資格の喪失原因は「2」(契約期間の満了等に該当する。)と記載されていることは認めるが、原告は、被告主張の雇用期間の満了を認めることなく、係争中であることを申告して、雇用保険の仮給付を受けたものである。

(四)  同3(四)の事実は否認する。

5  本件雇用契約締結の経緯

(一) 原告は、昭和五七年四月当時、夫と離婚し二歳の子供をかかえ、自己と子供の生活の糧を得るべく仕事を探していた。そのときの原告の希望条件は、安定して長く働ける職場で、かつこれまでの経験を生かしたトレーサーという職種であった。原告は、同月初めごろ、淀川職安に赴き、同所備え付けの求人ファイルの中から、右二条件を満たす被告の求人票(以下「本件求人票」という。)を見て、被告に応募することとした。

(二) 本件求人票には、職種はトレーサー、雇用期間は常用で、五五歳までの定年制有りと記載され、五五歳の定年まで勤務できるという労働条件であった。なお、本件求人票の有効期間は当初昭和五七年三月三一日までであったが、後に同年四月三〇日まで延長された。

(三) 原告は、本件求人票記載の右労働条件により、昭和五七年四月二一日被告に応募し、被告の遠越準一相談役と面接し採用された。

(四) 求人者が職安に求人申込をするには求人票に労働条件を明示してなすものとされており(職業安定法一八条)、この趣旨は、求人者が求人票の労働条件を明示する際、それが契約内容となることを当然の前提とし、求職者も求人票の記載内容がそのまま労働条件の内容となることを前提としてそれを最も重要な資料として応募するか否かを決定するものであって、特段の事情がない限り当然求人票記載の内容により、労働契約の内容が定められることになる。

(五) 原告は面接において、遠越準一より、本件求人票の記載内容にそった説明を受けたのみであり、特別職だとか、一年以内の期間雇用だとか条件変更を提示されたことはない。原告は、子供と自己の生活のため期間の定めなき長期雇用を必須条件として仕事を捜していたのであるから、面接時において、被告より一年以内の期間雇用者であると告げられていたのであれば、右条件は本件求人票の内容と明らかに異なるから、原告自身被告に何らかの質問をしたり、又は職安にその旨報告し検討を求め、あるいは他の求人者への応募を考えたはずであるが、被告から条件変更の申入がなかったので、そのようなことはしていない。

6  雇用期間の定めなく採用されたことを裏付ける事実

(一) 被告は、昭和五七年五月四日、十三労務協会を通して原告の雇用保険被保険者資格取得届を淀川職安へ提出したが、右取得届には、職種は専門家・技術者及び管理者に該当し、雇用期間の定めはなく一年以上雇用する見込みありとの記載がある。

(二) 原告は、昭和五七年七月二一日の経過により三か月の試用期間を終了した。原告の健康保険被保険者資格取得年月日、国民年金の被保険者から厚生年金の被保険者となった加入年月日の日付は、いずれも試用期間満了時の七月二一日であり、加えて原告名のゴム印が作成され八月分からの給料袋等に押捺されたことからすれば、原告は七月二一日までの試用期間を無事終了し、今後長期にわたって雇用されていくことになったことが明らかに看取しうる。

(三) 原告が、昭和五七年九月一一日、被告に保育所提出のための措置理由証明及び申告書の発行を求めた際、被告は、職種はトレーサーで就労形態は常雇であると同書に記載されていることを認識しつつ、同書に被告の印を押捺した。

五  原告の右反論に対する被告の反論

1  前項5(一)ないし(四)の求人票の記載について

(一) 本件求人票の雇用期間欄は「常用」に丸印が付されていることは認めるが、被告は、常勤・非常勤の用語例のように、雇用期間の定めがあっても日々勤務者であれば、常用に該当すると理解したものである。

(二) 被告は、有効期間を昭和五七年三月三一日と定めて、淀川職安に求人紹介を申し込んだものであり、本件求人票は原告が来訪した昭和五七年四月二一日時点では右有効期間を経過しているし、右時点では、被告は既に同一求人の関係で片岡順子を採用していたので、右求人票は一応目的を達して失効しているともいえ、また求人票は職安当局において適宜補足的に記載する部分もあるので、求人票の記載に公信的効力を認めるのは疑問である。

(三) 求人票は求入者の労働条件の確定的明示というよりも、求職者の応募の便宜のための資料であり、記載内容が採用後の労働条件として確定されるわけではない。特に本件求人票には「就業時間(始業)については面接の際に御希望に沿う様御相談に応じます。」と記載され、労働条件について、面接時における労使間の調整が予定されており、また、求人者として、求人票に労働条件ではなく制度を記載したような場合で、面接のみの採用のときは、求人票をもって労働条件の明示であるとしてその履行を義務付けることは労働者側の義務履行免責につながり、不当な結果となる。

2  同6(一)の雇用保険被保険者資格取得届の記載について

雇用保険被保険者資格取得届には、契約期間の定めにつき「無」に丸印を付してあるが、作成者は被告から事務の委託を受けた十三労務協会であるし、届出事務の便宜も働き、実態に沿うものではない。

第三  証拠<省略>

理由

一争いのない事実

請求原因1の事実、同2の事実のうち、原告は、昭和五七年四月二一日被告に雇用されたこと、その雇用条件として就業場所は淀川区本社、賃金は毎月二〇日締め二五日払いであること、原告は同月二二日から設計課岩本伸一の下で被告に勤務していたこと、その後試用期間が経過したこと並びに同3の事実は当事者間に争いがなく、同2の事実のうち月額基本給の額は一二万円の限度において当事者間に争いがない。

二雇用期間の有無について

1  一応の認定

<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は、夫と離婚し二歳の子供をかかえ、自分や子供の生活の糧を得るため、職に就きたいと考えていたところ、昭和五七年四月から子供を保育所で預かってもらえるようになったので、同月初めごろ、仕事を見つけるため淀川職安を訪れた。原告の希望する条件は、従前の経験を生かせるトレーサーという職種で、安定して長く働ける職場ということであった。淀川職安の求人票ファイルは、パート、臨時職と正社員とは別になっており、原告は正社員のファイルの中から、右希望条件に合う三通の求人票を見つけた。その中には被告の本件求人票があり、同求人票の記載内容の要旨は別紙のとおりであって、雇用期間の欄には「常用」とあるのみで期間の定めの記載がないので、原告は被告の提示した労働条件は、期間の定めのない常用であると理解した。

(二)  原告は、本件求人票に経験二年以上とあるが、トレーサーの経験が半年程度しかなく、また土曜日の午後は子供を保育所に迎えに行かなければならないため勤務できないが、本件求人票には土曜日の終業時間は午後四時四五分までとの記載があったため、職安の担当者に相談したところ、担当者が電話で尋ね、被告からはそれでも良いから面接に来いとの返事であったので、同月二一日、被告を訪れ、被告の相談役遠越準一と面接し、同人から被告の事業内容や労働条件について説明を受け、明日から来てくれと言われ採用が決まった(原告が昭和五七年四月二一日職安の紹介により被告を訪れ、遠越準一相談役と面接したことは当事者間に争いがない。)。

(三)  原告は、翌二二日、被告の経理労務担当の岡村から職務内容の説明を受け、被告の設計課において岩本伸一の下で勤務するようになり(原告が四月二二日から被告の設計課において岩本伸一の下で勤務するようになったことは当事者間に争いがない。)、そのころ三か月間の試用契約書に署名押印した。

ところで、職業安定法一八条は求人者に対し、求人の申込に当り、労働条件を明示すべき義務を定めており、求人票は右労働条件明示義務に従って記載されるものであるところ、右規定の趣旨は、現実とは異なった好条件につられて応募した労働者に対し劣悪な労働条件を強いること及び労働者が労働条件が不明なために不利な労働条件を押し付けられることを防止することにあると解せられ、応募する労働者としても、求人票に記載された労働条件が労働契約の内容となることを期待し、その記載内容を見てどの求人者に応募するか決めるものであるから、求人票の記載内容は、労働契約締結時にこれと異なる合意をするなどの特段の事情がない限り、当事者の合意により労働契約の内容となると解するのが相当である。

したがって、原告は、雇用期間について「常用」とのみ記載のある本件求人票によって、被告に応募したものであるから、特段の事情がない限り、本件雇用契約には期間の定めがないということになる。

2  右特段事情の有無について

(一)  被告は、本件求人票の雇用期間欄「常用」に丸印を付したのは、常勤・非常勤の用語例のように、雇用期間の定めがあっても日々勤務者であれば常用に該当すると理解したと主張するが、前掲甲第三号証の二によれば、本件求人票の雇用期間欄には、常用と臨時のいずれかに丸印を付するようになっており、その横に括弧書きで「 月 日から 月 日まで」と臨時の期間の記入欄があり、定年制の欄には「有り五五歳」と記載されていることが認められ、前掲乙第七、八号証及び証人遠越準一、同岡村良一の各証言によれば、本件求人票は当時の人事担当の責任者である丹羽が記載したものであるが、丹羽は不明な点については職安の担当者と相談しながら本件求人票を記載したこと、被告はそれまでに毎年のように職安を通して求人を募集していること、本件求人手続全般に遠越準一が関与していること、職安への提出前に被告代表者が本件求人票に目を通していることが認められるのであるから、被告が右主張のように誤解するとは考えられず、被告の右主張は失当である。

(二)  被告は、本件求人票の記載を重視すべきでないと主張し、その理由として、(ア)原告の応募は本件求人票の有効期間の経過後であること、(イ)被告は既に同一求人の関係で一名を採用していること、(ウ)求人票には職安の係官において適宜記載する部分もある旨主張するが、<証拠>によれば、(ア)の点については、本件求人票の有効期間は原告の応募後である昭和五七年四月三〇日まで延長されていたことが、(イ)の点については、本件求人票では採用人数二名と記載されており、被告は二名採用する予定であったことが、(ウ)の点については、職安側で求人者の意向も確かめず勝手に求人票に記載することは考えられないのみならず、本件で問題となっている雇用期間欄及び定年制の欄は被告側で記載していることがそれぞれ認められるので、被告の右主張は失当である。

(三)  被告は、本件雇用契約締結時に、雇用期間を昭和五七年四月二二日から昭和五八年四月二一日まで一年間とする旨合意したと主張し、前掲乙第七、八号証、証人遠越準一、同岡村良一の各証言には、これに副う部分があり、更に右合意を推認させる事実として、被告の主張1ないし3のとおり主張するので、以下検討する。

(1) 被告は、コンピューター導入までの短期間に限り、設計事務の補助及び雑用に従事する者の雇用を必要としており、そのために本件求人票により求人募集した旨主張するが、本件求人票の記載内容は前認定のとおりであり、雇用期間は「常用」と記載されているのみならず、仕事の内容として「設計室にてトレース作業並びに図面の整理その他」と、必要経験年数として「二年以上」と記載されており、本件求人票の記載内容そのものからしても、短期間に限り雑用を行う者の募集とは解せられないし、<証拠>によれば、原告と遠越準一との面接の際、原告のトレース経験の年数やトレースの検定資格の有無の話が出ていたこと、遠越準一自身本件の仮処分事件の審尋の際に「トレーサーの検定資格を有し、二年以上の実務経験がある人が応募してきたら常用として採用してもよいと考えていた。」旨述べていることが認められるので、被告としてコンピューター導入までの短期雇用という考えがあったとしても、遠越準一がそのことを十分理解していたか否かは疑問であり、特にこれを採用条件として原告に明示したとは到底認めることができない。

(2) 被告は、原告の採用手続及び労働条件は被告の正社員のそれとは異なる旨主張し、<証拠>を総合すれば、原告は、新規学卒者ではなく、職安を通して採用された者であり、面接の際に入社志願書及び履歴書を提出したにとどまり、それ以外に学校の卒業見込証明書、同成績証明書、推薦書、健康診断書などの書類の提出を求められておらず、筆答式の学力試験もなく面接のみによって採用された者であること、原告は新入社員研修を受けておらず、三か月間の試用期間はあったが、その終了後本採用辞令の交付を受けていないこと、被告の就業規則では、勤務時間は、始業午前八時終業午後四時四五分、又は始業午前八時三〇分終業午後五時一五分と規定されており、会社は社員に対し、時間外勤務、休日出勤、日宿直勤務や出張勤務を命ずることができるが、原告の場合、当初に申し出た育児の都合もあってその勤務時間は、始業午前八時三〇分終業午後四時四五分であり、その余の時間外勤務並びに休日出勤、日宿直勤務及び出張勤務に従事したことはなかったこと、原告は欠勤や早退が多く、その分の賃金は減額されたが、それを理由として懲戒処分は受けていないこと、原告は通勤手当と給食補助手当の支給を受けていたが、その余の手当の支給を受けていなかったこと、原告は退職金支給の対象者と扱われていなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない(右事実のうち、原告は、新規学卒者ではなく、職安を通して採用された者であること、筆答式の学力試験を受験しておらず、面接によって採用された者であること、原告には三か月間の試用期間があったこと、原告の勤務時間は始業午前八時三〇分であることは、いずれも当事者間に争いがない。)。

右認定事実によると、原告は、その名称を特別職と称するか否かはともかくとして、いわゆる正社員とは労働条件を異にする従業員として採用されたものであり、原告もこのことを認識していたことが認められ、したがって、その限りにおいて正社員と別異の取扱を受けることがあるものと解されるが、右認定の労働条件の差ゆえに本件雇用契約が当然一年の期限付きであると結論付けることはできない。けだし、右のような労働条件であることと雇用期間の定めがないこととはなんら矛盾するものでないからである。

(3) 被告は雇用期間が一年と定められたことを裏付ける事実として、(ア)原告が「期間昭和五七年一〇月二二日より昭和五八年四月二一日まで、特別職(嘱託)」と記載された契約書に署名押印したこと、(イ)原告は昭和五八年一月一九日に作成された措置理由証明及び申告書の就労形態記載欄の「嘱託」に丸印を付したこと、(ウ)原告は淀川職安へ被保険者資格の喪失原因が契約期間の満了等と記載されている雇用保険被保険者離職票―一を提出したこと、(エ)原告の怠業率は高く勤務態度が芳しくなかったことを主張する。そもそも、右(ア)ないし(ウ)の事実は、本件雇用契約締結後半年以上経過した後のことであり、それ以前に後記(四)認定のとおり、本件雇用契約に期間の定めがないことを窺わせる事実が認められるので、右事情を重視すべきであるとの主張は疑問であるが、以下検討する。

① 原告が、昭和五七年一〇月か一一月初めごろ、岡村の求めにより、「今般貴社において左の条件に依り特別職として勤務することを契約致します。期間昭和五七年一〇月二二日より昭和五八年四月二一日まで」と記載された契約書(乙第三号証)に署名捺印したことは当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、原告の署名当時右契約書には「嘱託」との記載はなかったこと、原告から特別職の意味について質問されたところ、岡村は「共済会に入るか入らないかぐらいの違いだからたいしたことはない。」「女子とか高齢者とかも皆書いている。」と説明したので、原告も今まで給料や交通費の受渡しの際、岡村の求めに応じて、押印することがあったため、特別重要な書類と思わず署名押印したことが認められ、右認定に反する<証拠>は措信しない。

② <証拠>によれば、原告は、昭和五八年一月一九日、子供を保育所で預かってもらうために区役所へ提出する措置理由証明及び申告書(甲第四号証の二)の就労形態欄を空白にして被告に提出したところ、岡村が就労形態欄の嘱託に丸印をして原告に渡したこと、これに対し、原告は自己の労働契約上の地位について不安を感じたため、岡村に対しそのことについて尋ねたところ、同人から前記昭和五七年一一月初旬ごろ署名した契約書(乙第三号証)を見せられそれには特別職という記載があったため、原告は昭和五八年一月二九日に大阪府労働部労政課を尋ね相談したことが認められ、右認定に反する証人遠越準一、同岡村良一の各証言は措信しない。

③ 原告の雇用保険被保険者離職票―一(乙第五七号証)には被保険者資格の喪失原因は「2」(契約期間の満了等に該当する。)と記載されていることは当事者間に争いがないが、<証拠>によれば、原告は職安に対し、「被告との間の雇用契約につき提訴中である」との留保を付けて雇用保険の失業給付の支給を受けていることが認められる。

④ <証拠>によれば、原告は主として保育所に預けてある子供のことで早退が多く、また欠勤も多かったことが認められるが、それだからといって、原告が短期雇用者であると認識していたこととは直接結び付かない。

(4) 証人遠越準一は「面接の際、特別職で雇用期間は一年以内と説明し、原告もこれを了解した。」旨、同岡村良一は「翌四月二二日に、同様の説明をし、原告もこれを了解した。」旨証言しているが、他方両人は、その際原告から本件求人票記載の労働条件と異なるとの質問や抗議はなかった旨証言しているところ、原告が長く働ける職場を捜しており、本件求人票によって被告の提示した労働条件は期間の定めのない常用であると理解して、被告の面接に臨んだことは前認定のとおりであり、証人前道淳子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件求人票と面接の際被告の提示した労働条件とは異なる旨職安に報告しておらず、他の求人者へ就職しようともしていないことが認められるところ、右各証人の証言のように雇用期間一年以内の特別職であるとの説明を受けたならば、原告はこれを簡単に承諾するとは思われず、職安へ報告するなり、他へ就職しようとするものと考えられるから、右各証言の信ぴょう性には疑問がある。また、本件の仮処分事件において提出された岡村良一の陳述書(乙第四六号証)には、右四月二二日の原告に対する説明内容について書かれているのに、特別職であることや、一年以内の雇用期間の定めがあることについて説明した旨の記載がないことも不自然である。

(四)  他方、<証拠>を総合すれば、以下のとおり、本件雇用契約に期間の定めがなかったことを窺わせる事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 被告は、昭和五七年五月四日、被告の雇用保険手続を代行している十三労務協会を通して原告の雇用保険被保険者資格取得届(甲第一四号証の二の一、二)を淀川職安へ提出しているが、右取得届には、原告の職種は専門家・技術者及び管理者に該当し、雇用期間の定めはなく一年以上雇用する見込みであるとの記載がある。

(2) 原告は、昭和五七年七月二一日の経過により三か月の試用期間を終了し、健康保険被保険者証(甲第一六号証)の交付を受けているが、その資格取得年月日、及び国民年金の被保険者から厚生年金の被保険者となった年月日は、いずれも同月二一日であり、また原告の氏名のゴム印が作成され、八月分からの給料袋等に押捺されている。

(3) 原告は、昭和五七年九月一一日、区役所へ提出する措置理由証明及び申告書(甲第四号証の一)に職種はトレーサー、就労形態は常雇であると記載して、勤務先証明欄に被告の押印を求めたところ、被告は会社の印を押捺した。

3  以上検討のとおり、雇用期間の約定があることを窺わせる特段の事情は認められず、他方前認定のとおり、本件求人票の記載内容のほかに期間の定めがないことを窺わせる事実も認められるのであり、雇用期間の約定があるとの被告の主張に副う<証拠>に照らし措信できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。かえって、前掲甲第一三号証及び原告本人尋問の結果によれば、面接の際には雇用期間についての話合いはなされていないことが認められ、本件雇用契約の内容のうち雇用期間の点については、本件求人票記載のとおり期間の定めのないものであると認めるのが相当である。

よって、本件雇用契約は現在も存続し、原告が被告の従業員たる地位を有するというべきである。

三賃金等の請求について

<証拠>によれば、原告の賃金は月額一二万円であること(一二万円の限度においては当事者間に争いがない。)、被告は原告に対し、七月と一二月の二回各三万円ずつの賞与を支給していたことが認められ、これに反する証拠はない。被告は原告に対し、賞与の支払義務を負わない旨主張するが、前述のとおり本件求人票には賞与年二回との記載があって、現実に昭和五七年七月と一二月の二回賞与が支給されているのであり、また前掲甲第五号証の一、二によれば、原告は臨時雇や嘱託ではないから、被告の就業規則中の給与規定の適用を受け、同規定一八条により、賞与を受給する権利を有することが認められる。原告は、原告に支払われるべき夏季及び冬季一時金は合計年間三二万三四〇〇円が相当である旨主張するが、前認定のとおり原告には七月と一二月に各三万円ずつ一時金が支給されており、この限度において原告が受給する権利を有することは認められるものの、原告に支給すべき賞与の額が右三万円を越えるものであることを認めるに足りる証拠はない。

前掲甲第六号証によれば、昭和五八年五月二五日支払分の未払額については、月額一二万円から既払分の四八〇〇円を控除した一一万五二〇〇円であることが認められ、前認定のとおり同年六月以降支払分の毎月の月額賃金は各一二万円であり、毎年七月と一二月に支給される夏季及び冬季一時金は各三万円であるから、被告は原告に対し、昭和五八年四月二二日から同年一〇月二〇日までの夏季一時金を含めた未払給料として合計七四万五二〇〇円及びこれに対する弁済期の後である昭和五八年一一月二七日(訴状送達の翌日)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに昭和五八年一〇月二一日以降の毎月の給料として、同年一一月より毎月二五日限り一二万円(ただし七月及び一二月には夏季及び冬季一時金として各三万円をこれに付加する。)を支払う義務を有する。

四結論

よって、原告の本訴請求は主文第一ないし第三項掲記の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中田耕三 裁判官土屋哲夫 裁判官下野恭裕)

別紙求人票

一 職種 トレーサー

二 採用人数 通勤二名

三 雇用期間 常用

四 就業場所 淀川区当社

五 仕事の内容 設計室にてトレース作業並びに図面の整理その他

六 経験年数 二年以上

七 就業時間 午前八時三〇分から午後四時四五分まで(土曜午後四時四五分まで)

八 休日 日曜・祝日

九 賃金 日給月給、毎月二〇日締めの二五日支払基本給月額一〇万円〜一二万円  昼食手当二五〇〇円

一〇 皆勤手当 なし

一一 家族手当 なし

一二 時間外手当 なし

一三 通勤手当 定額・最高一万六〇〇〇円まで

一四 賞与 (前年度実績)年二回

一五 退職金制度 なし

一六 定年制 有り・五五歳

一七 選考 面接選考

一八 備考 就業時間(始業)については面接の際に御希望に沿う様ご相談に応じます。

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